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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)2244号 判決 1966年4月18日

控訴人 サウスシー・パール株式会社

被控訴人 千代田火災海上保険株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金二千五百万円及びこれに対する昭和三十一年六月二十四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

本判決は控訴人において金八百万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二千五百万円及びこれに対する昭和三十一年五月二十六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において「約款に疑義があるときは被保険者の利益に解釈する、との原則は船舶海上保険約款のすべての関係の解釈について優先適用されるものである。」と述べ、新たな証拠として<立証省略>……と陳述し、被控訴代理人において「控訴人が昭和三十三年三月二十日附及び同年四月八日附各書面をもつて被控訴人に対し本件保険金の支払を催告した事実は認める。保険約款の解釈については、その解釈に関し当事者双方に論争があるからと云つて直ちに保険約款の解釈に疑義がある場合ということができない。本件約款は解釈上明確であるから、控訴人が主張する保険約款解釈上の原則は、本件には適用されないものである。」と述べ、新たな証拠として<立証省略>……と陳述した外は、原判決事実摘示と同一であるから右記載をここに引用する。

理由

一、控訴人及び被控訴人間において昭和三十年八月十日控訴人を保険契約者、被控訴人を保険者とし、控訴人がビルマ国法人ビルマ真珠貝採取養殖シンジケートのために使用する控訴人所有の真珠貝採取船五隻に関し、原判決末尾添付の約款に基き控訴人の主張する請求原因1の船舶海上保険契約が締結されたこと、右保険約款第三条第二号の「襲撃、捕獲、拿捕、又ハ抑留」の下の「海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク」との括弧書(印刷文句)が契約の当初より二本の棒線により抹消されていたが、右の抹消については本件保険契約締結の当時主務大臣の認可を得ていなかつたこと及び保険の目的たる右船舶五隻が真珠貝採取に従事中の昭和三十一年二月二十四日午前六時頃、ビルマ国サー・ジヨン・マルコム島附近の海上(航路定限内)において兇器を所持した約三十名からなるビルマ人浮浪者等の襲撃を受け、放火沈没せしめられ、控訴人の全損に帰したことは当事者間に争いがない。

二、控訴人は、本件保険事故は「海賊」によるものとは云えないこと及び本件保険約款第三条第二号の「襲撃」とは国家又はこれに準ずる権力的な団体による戦争又はこれに準ずる行動を指すものであるから、本件の如き単なる私人の集団強盗によるものは、右免責条項の「襲撃」にはあたらない、と主張する。

然しながら、本件保険約款第三条第二号の文理並びに成立に争いのない甲第四号証、第十二号証、乙第九号証、第十一号証の一ないし四、第十二号証、第十四号証、原審証人葛城照三の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証及び同証言、原審証人妹尾正彦、同二木柢知の各証言を綜合すると、「海賊」とは本件の如き私的な海上の集団強盗をも含む概念であり、本件保険約款第三条第二号の「襲撃」とは右「海賊」によるものをも含む趣旨と解するのが相当と判断される。右認定及び判断の詳細は、原判決理由中の二の1ないし3に説示するところと同一であるから、右記載をここに引用する(但し、右1の(一)中末尾の括弧書はすべて削除する)。以上の認定に反する甲第十号証の一、二、第十七号証、第十八号証の各記載、原審鑑定人今村有、当審鑑定人小町谷操三の各鑑定結果及び当審証人小町谷操三の証言(実は鑑定人小町谷操三の鑑定である)は叙上の証拠と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。よつてこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

三、然るところ、控訴人は本件保険約款第三条第二号の括弧書の抹消は、契約締結当時主務大臣の認可を得ていないからその効力はなく、海賊の襲撃による場合被控訴人は保険者としてその損害を填補すべき義務を免がれないものと主張する。

よつて判断するに、保険業法第十条は、保険会社が普通保険約款に定めた事項の変更をなすには主務大臣の認可を受くることを要する旨規定する。この規定を解して保険業者に対する取締のための単なる行政監督上のものに過ぎないもので、約款の変更そのものは、認可がなくとも有効であり、唯同法第百五十二条による処罰の対象となるにとどまるとする考え方が相当ある。しかし右の如き考え方は前述第十条の法意に沿うものではない。元来保険契約というものは、当該契約の基盤として、背後に多数の保険契約者が予定されているものであり、保険業を営む会社が株式組織のものであつても、保険業そのものは相互性の強いものであり、このことは、同時に保険業を極めて技術的なものとしている。しかもそのために一般保険契約者は、保険技術より生ずる巨細の多くの取極めを知らず、単に保険金額、保険料額、保険事故の大要等を知るのみで保険会社と保険契約を結んでいる。保険契約関係に入ると、特約がない限り、内容を知つていたと否とに拘らず、普通保険契約約款が保険契約の内容となる。保険契約申込書等には、通常虫めがねででも見ないと、読み得ない程度の細字で、約款が印刷されており、又保険証券にも同様の細字で約款が印刷されているが、一般保険契約者は、これを読解した上で保険契約を結ぶ人は殆んどないのではなからうか、しかも右約款が保険契約の内容として、自由意思の下に約諾されたとすることは、あまりにも事実を誣いるものと云わざるを得ない。(なおこの点は、曾つて関東大震災の、地震約款として当時論争されたことは世人の知るところである。)普通保険契約約款は、一方においては保険業の健全な発達育成を図ると共に、他方保険制度を利用する一般公衆のために、その正当な利益を護り、保険業者の一方的恣意を許さず、保険契約の技術性を知らないために、不当な不利益を受けることのないようにとの配慮の下に、国家が保険業を監督する趣旨で、その作成、変更につき主務大臣の認可を必要としたもので、(用語に拘泥するつもりはないが、普通、単なる取締の規定の場合には許可という用語を、効力発生要件である場合は認可という語を用いているのが多い)あり、しかも、その認可を得た約款は保険契約の内容として考えられることになる。保険契約者は、保険契約に入るか否かの自由を有するけれども、契約に入れば、前示約款は、特段の事情があるため意識的に右約款の条項と異なる約定をしない限り、保険業者の予め開示している定型的、公信用的契約条項として、概括的に同意されたものとなる。この種の契約はいわゆる附合契約(Contrat d′adhesion )と称せられ、普通保険契約約款は、この場合、概括的同意があると解する余地があることは前述のとおりであるにしても、現実にはその約款の条項の知、不知を問わず、契約関係に入れば、その適用を受ける点において法令に近く、しかも締約の自由を有する点において自由意思による契約の法理に近く、いわば法令と契約との中間に存するものといわれているのである。(この種の契約に属するものとして、汽車、電車、バス等による運送契約、水道、瓦斯、電気の供給契約等があり、しかも中には企業者が申込を受ければ、締約を強制されているものもある。)以上説示したところにより明なように普通保険契約約款にかような法規範的拘束力が認められるのは、法律的には保険契約者の開示条項に対する概括的同意(これを附合という。)があるものと解釈されるが、かかる解釈を是認できる根拠は約款がその内容が合理化されており保険業者の一方的恣意を許さず主務大臣の認可があることを要するに基くものというべく、従つて保険業者(保険者)が、主務大臣の認可を受けずに変更した約款の条項は、保険契約者に対し、法規範的拘束力をもたせる根拠を欠くものであり、その変更は約款変更の効力を生じないもの(単に可罰的のものにとどまらず)と云わなければならない。

しかしながら保険契約は附合契約に属する私法契約態様としては公衆奉仕的営利組織の制になるもの(たとえば前示運送契約等)よりは比較的定型性に余裕があり、公序良俗に反せず、且つ締約両当事者が意識してなす限り約款のある条項と異る約定をなすことは可能であると解されるので、本件普通保険契約約款第三条第二項の括弧書の抹消が、右趣旨による特約であるか否かについてしらべてみると、

成立に争のない甲第一号証の一ないし五及び原審証人相田久の供述を綜合すれば、海賊行為によるものを免責事故とする趣旨の条項は、前記普通保険約款第三条第二項の括弧書の印刷文字を抹消しただけのものにすぎず、特別約款として別に明定されたものではないこと、当事者双方も契約に際し右条項を特約条項として定める意思があつたものではないことが認められ、これに本件と同じ約款書が昭和十二年十二月一日より我が国における船舶海上保険契約にあたつて一般的に使用されていたという前認定の事実(さきに引用した原判決理由二の1の(二)に記載された事実)とを合わせ判断すると、当事者は本件保険契約にあたり右括弧書を抹消することにより海賊による場合を被控訴人の免責事故とする特約をなしたものとは到底認めることはできない。

然らば被控訴人において本件保険約款第三条第二号の括弧書を抹消し、海賊による場合を保険者の免責事故とした変更約款は、控訴人に対し同人をしてその内容に従わしむべき効力はなく、従前どおりの約款つまり抹消されない以前の約款内容に従い、保険者としての責任を負わねばならないものである。もつとも被控訴人は本件保険事故発生後の昭和三十三年八月頃主務大臣より船舶海上保険普通約款第三条二号の「襲撃捕獲、拿捕、又ハ抑留」中「又ハ」を削りその末尾に「又ハ海賊行為」を加える変更(海賊行為を免責事故とする変更)につき認可を得たことは当事者間に争いがないが、右新約款が既存の加入者たる控訴人を当然に拘束するものでないことはいうまでもないところである。

三、次ぎに控訴人は、本件契約が海賊行為による損害を填補することを含む趣旨であるとすれば、それは被控訴人の要素の錯誤によるものであるから、右契約は無効であると主張する。然し被控訴人が本件保険事故により控訴人の被つた損害を填補すべきものとする理由は、前述のとおり海賊による事故を免責する普通約款の変更が主務大臣の認可を受けずになされたためその効力を否定されることに因るものであり、しかも保険業者として右約款の変更につき主務大臣の認可を得なかつたことは被控訴人の重大な過失ということができるから、たとえ被控訴人において右保険契約に当り要素に錯誤があるといえるとしても被控訴人は自ら本件保険契約の無効を主張することができないものというべきである。被控訴人の錯誤の主張は理由がない。

四、次いで被控訴人の消滅時効の抗弁につき判断する。

成立に争いのない甲第二号証の一、二、第三十二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第二十号証、第二十一号証の一、二を綜合すると、本件事故はその発生当初共産主義者による内乱又は暴動ではないかと推測されていたが、昭和三十一年三月初頃控訴会社ラングーン駐在取締役黒川秀三はビルマ当局より右事故は単なる海上強盗(海賊)である旨の一応の報告を受けた後、同年五月十七日ビルマ国マグイ地方警察部長より公式文書を以つて本件事故が前記一において認定した如き内容の事故である旨の証明書の交付を受けたことが認められる。

右事実によれば、控訴人はビルマ官憲から事故につき公式証明書の交付を受けたことにより本件保険事故を覚知したものと認め得べく、控訴人としては右事故覚知日である、昭和三十一年五月十七日より本件保険金支払請求権を行使し得べきものということができるから、同日より起算して二年たる同三十三年五月十六日の経過をもつて本件保険金支払請求権は時効消滅すべきものというべきである。けだし、遠隔の外地において発生した事故にあつては、当該事故発生地の官憲による公式証明を受けるまでは、事故に関する報知は単なる情報にすぎないものとみるべきだからである。

然るところ控訴人が昭和三十三年三月二十日付及び同年四月八日付各書面を以つて被控訴人に対し本件保険金の支払請求をなしたことは当事者間に争いなく(右書面は右各日頃被控訴人に送達されたものと推認される)、控訴人が同三十三年八月二十一日原審裁判所へ被控訴人を相手取り本件保険金請求の訴を提起したことは裁判所に明白な事実であるから前記消滅時効は右催告により有効に中断されたものと認めることができる。

よつて、本件保険金支払請求権は時効消滅したとの被控訴人の主張は理由がない。

三、然らば被控訴人は前記約款に基き、控訴人の本件事故による船舶五隻の全損に対し合計金二千五百万円(一隻につき五百万円)を控訴人に支払うべき義務がある。

ところで遅延損害金の請求については、被控訴人は控訴人から請求のあつた日から起算して三十日以内に支払うべき旨の特約のある本件においては(前示甲第一号証の一ないし五によつてこれを認め得る)控訴人から請求のあつた日より三十日を経過した日以降履行遅滞の責を負うべきものというべく控訴人が被控訴人に対し本件保険金支払の請求をなした日が同三十一年五月二十五日であることは当事者間に争いがないから被控訴人は控訴人に対し同年六月二十四日以降右二千五百万円に対する商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものというべきである。従つて右期日以前の遅延損害金の支払を求める控訴人の請求部分は失当として棄却さるべきである。

以上により、控訴人の本件請求の全部を棄却した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し、控訴人の請求は前叙の限度においてこれを認容し、訴訟費用の負担につき同法第九十六条、第九十二条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 加藤隆司 安国種彦)

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